真島昌利

真島昌利 - ギター・ボーカル・コーラス
あだなは、マーシーです!
歌う時は叫んでいるかの様なしゃがれ声が特徴。
その声が大好きです^^
他の3人と比較するとTV等に出演しても無口で無表情な事が多いです~。
そこが良いんですよ~。
甲本さんとは、約半分半分の割合で曲を創り上げました。

真島昌利 - ギター・ボーカル・コーラス
あだなは、マーシーです!
歌う時は叫んでいるかの様なしゃがれ声が特徴。
その声が大好きです^^
他の3人と比較するとTV等に出演しても無口で無表情な事が多いです~。
そこが良いんですよ~。
甲本さんとは、約半分半分の割合で曲を創り上げました。

甲本ヒロト - ボーカル・ブルースハープ・ギター
あだなはヒロト。低音の効いた太い声が特徴!
低音素敵です*^^*
たまに吹くブルースハープは自力で学んで、かなりのレベルまで達していますが、ベント、トレモロ等の技術は「偶然出来た」と本人は言っているそうです・・・。
演奏する曲によってギターを弾くこともあります。
TVなどのインタビューで答えるのは、大多数が甲本さんが担当。
デビュー時は、坊主頭だったんですよー^^
岡山出身で初めは訛りがあったのですが、もう今では、ほとんど訛りはないです。
『THE BLUE HEARTS』から『TRAIN-TRAIN』までの前期三部作はパンクロックやブルースをルーツとしたメッセージ性の強い、独自の日本語ロックの世界を築いていたのですが、イーストウェスト移籍後からの後期作品は後のハイロウズに繋がる様々なスタイルを取り入れて、メッセージ性を無視した楽曲も多いです。
どちらのスタイルも私は、好きですけどね^^
代表曲は「リンダリンダ」、「TRAIN-TRAIN」、「情熱の薔薇」、「人にやさしく」など。
そして、真島さんの強烈なハスキーヴォイスによる「チェインギャング」などがあります。
コード進行は3、4コードを主としたシンプルなものが多いにも関わらず、オリジナリティ溢れる楽曲を多く作り上げていますよね~。本当にすごいです~。
バンド名は略して「ブルハ」と呼ばれることがあるのご存知でしたか?
1995年にラストアルバムを一枚出し、解散。
しかし彼らの残した影響は強く、2000年代前半に起こった「青春パンク」ブームでブレイクしたバンドの多くがブルーハーツの影響を強く受けていることを公言している。
音楽界以外にも、彼らから影響を受けたと語る有名人は多数いる。
口コミなどで、彼らの評判は若者を中心に全国的に知れ渡るようになり、第二次バンドブームの先駆けとなった。
半年後に発売した2ndアルバム『YOUNG AND PRETTY』も好調、そして1988年に発表した3rdアルバム『TRAIN-TRAIN』が50万枚を超えるヒットとなり、ドラマの主題歌などにも起用されるなど一躍音楽界のトップシーンに登り詰めた。
4thアルバム以降は初期との音楽制作方針の違いなどから、以前ほどの売れ行きは見せなくなった。

1986年、梶原が加入したころぐらいから「面白いバンドがいる」ということで話題になり始める。
1987年2月にシングル「人にやさしく」を自主制作で発表。
同年、メルダックよりメジャーデビューが決定し、1987年5月1日にメジャーデビューシングル「リンダリンダ」を発売、同月に1stアルバム『THE BLUE HEARTS』を発表した。
THE BLUE HEARTSの初ライブを行うことになった。
同年の夏に、彼らのマネージャーとしてバンドに関わっていた河口純之助が前メンバーの替わりにベースとして参加し、翌年の4月ごろに梶原徹也が甲本に加入を懇願し、ドラムとして参加した。
結成当初は渋谷のライブハウス(渋谷屋根裏)を拠点として多く活動していた。
1980年代前半、それぞれのバンドの状態が思わしくなかった甲本ヒロト、真島昌利、河口純之助の三人は遊び仲間として出会い、Traditionalというセッションバンドを行ったり、バンドの事について語り合ったりして飲んだり遊んだりしているうちに、お互いを理解、信頼するようになっていった。
1985年の1月ぐらいから、それぞれバンドを解散したり脱退していた真島や甲本らは本気でバンド結成のことについて考えるようになり、1985年2月に真島、甲本の二人を中心として「THE BLUE HEARTS」を結成。

1985年結成。1987年にシングル「リンダリンダ」でメジャーデビュー。
解散後も、その楽曲は近年でもCMやドラマや映画などに多く使われている。
ザ・ブルーハーツの詩は、NHK「人間講座」の「言葉の力・詩の力」中でも、その文学性が高く評価されている。