ロックンロールの名付け親 5

「ロック」と「ロール」という二つの単語を、ある種意図的に、躍動的に結び付け、このティーンエイジャーのための新しいティーンエイジ・ミュージックを有名にした最大の功労者は、白人のデイスク・ジョッキー、アラン・フリードです。

1922年12月15日、ペンシルヴァニア州ジョンズタウン生まれのオハイオ州セーラム育ち。

子供のころからトロンボーンを吹いていたため、最初の夢はビッグ・バンドのリーダーになることだったそうです。

しかし戦争によって耳を悪くしてしまい、ミュージシャンへの道をあきらめ、次なる夢、ラジオのディスク・ジョッキーを目指します。

50年代にペンシルヴァニア州ニューキャッスルの放送局でオーソドックスなスタイルのDJとしてキャリアをスタート。

やがて1951年、クリーヴランドの放送局、WJW局で『レコード・ランデヴー』という番組を担当するようになりました。

ロックンロールの名付け親 4

他にも、アーサー・"ビッグ・ボーイ"・クルダップによる1944年の「ロック・ミー・ママ」、ワイルド・ビル・ムーアによる1947年の「ウィア・ゴナ・ロック、ウィア・ゴナ・ロール」、リル・サン・ジャクソンによる1950年の「ロッキン・アンド・ローリン」などなど。

その他、タイトルにはなっていないものの、ザ・ドミノズが1950年に出した「シックスティ・ミニット・マン」の中には・・・

”I rock'em, roll'em, all night long”

という歌詞が出てくるし、1952年に出た「オール・ナイト・ロング」の中でブルースの巨人、マディ・ウォーターズは、

”Rock me baby, rock me all night long ... Roll me baby, roll your wagon wheel ”

と歌っています。

さらに、ロックンロール・ブームの起爆剤のひとつとなった「ロック・アラウンド・ザ・クロック」で知られるビル・ヘイリーは、1952年に自作した「ロック・ア・ビーティン・ブギー」の中で、こうシャウトしてます。

”Rock, rock, everybody, Roll, roll ,roll, everybody”

例には事欠かないですね。

ロックンロールの名付け親 3

しかし、それにしても、まだロッキング・アンド・リーリング。

ロックンロールではありません。

「ロック」と「ロール」。

この二つの単語が「&」でつながれない形で歌われるようになったのは、たぶん1930年代後半に入ってからのことと言われています。

もともとこの二つの言葉は「楽しい時を過ごす」、「パーティをやる」という意味の黒人スラング。

「セックスをする」というニュアンスも含まれているらしいですね。

1939年にバディ・ジョーンズがレコーディングした「ロッキン・ローリン・ママ」あたりが好例です。

その曲でジョーンズは

”I love the way you rock and roll ! ”

と歌っています。

ロックンロールの名付け親 2

リズムをぐっと強調し、リーダーの強烈なシャウトとそれに応えるコーラス隊とのリズミックなやりとり(コール&レスポンス)をフィーチャーしたこの音楽。

これが、「サンクティファイド・ゴスペル」とか「ロッキング・アンド・リーリング」などと呼ばれるようになったらしいです。

そんなロッキング・アンド・リーリング・ソングを1929年、パラマウント・レコードに録音したことで有名なミシシッピ出身のグループが、ザ・グレイヴズ・ブラザーズ。

彼らが30年代に残したいくつかのブルース・レコードを聞いてみると、そこにははっきりとのちのロックンロール・ギターに通じるリフやリズム・パターンが記録されています。

ロックンロールの名付け親

今では当たり前のものになってしまっている"ロックンロール"という言葉はいったいいつごろ、誰のアイデアから誕生したものなのか?

突然ですが、その辺のことを考えていきたいと思います。

1920年代、アメリカ南部のミシシッピ周辺に「ロッキング・アンド・リーリング」と呼ばれるタイプの音楽が広まっていたそうです。

もともと黒人の集まる教会などでは、古いスタイルの、黒人らしさを抑圧したおとなしいスピリチュアルこミュージック(宗教音楽)が一般的でした。

そのころまでは教会で使える楽器といえばピアノかオルガン。

他の楽器は持ち込みを禁止されていましたが、こうした制限が徐々に緩和され、次第にギターやドラム、フィドル、ホーン楽器が教会で使われるようになっていきます。

それとともに、より俗世間的で、狸雑で、ストレートに黒人ならではの感覚を表面化させた教会音楽が生まれました。

『TRAIN-TRAIN』

TRAIN-TRAINは、ブルハ3枚目のアルバムです。

2007年に、「アナログジャケット完全復刻!」として年内限定発売されましたね。

Train-Train.jpg

前作までのパンク中心からブルース、フォーク、カントリー等のルーツ・ミュージックを反映させた多彩な楽曲群が魅力です!

また、このアルバムには様々なゲスト・ミュージシャンが参加しています。

≪曲目リスト≫

1. Train-Train
2. メリーゴーランド
3. 電光石火
4. ミサイル
5. 僕の右手
6. 無言電話のブルース
7. 風船爆弾(バンバンバン)
8. ラブレター
9. ながれもの
10. ブルースをけとばせ
11. 青空
12. お前を離さない

『YOUNG AND PRETTY』

YOUNG AND PRETTYは、1987年に発売されたTHE BLUE HEARTSの2枚目のアルバムです。

young_a_pretty.jpg

収録曲の約半分は、アマチュア時代からの曲です。

前作との違いは、①プロデューサーに佐久間正英を起用。②マーシーがメインボーカルを務める曲が初収録。③ヒロトのブルースハープの使用曲が多い。④キーボードの導入。

収録曲は以下の通りです。

1. キスしてほしい(トゥー・トゥー・トゥー)
2. ロクデナシ2(ギター弾きに部屋は無し)
3. スクラップ
4. ロクデナシ
5. ロマンチック
6. ラインを越えて
7. チューインガムをかみながら
8. 遠くまで
9. 星をください
10. レストラン
11. 英雄にあこがれて
12. チェインギャング

『THE BLUE HEARTS』

theblue.jpg

「THE BLUE HEARTS」は1stアルバムです。

2007年に、「アナログジャケット完全復刻!」として年内限定発売されました。

セルフ・プロデュース、セルフタイトルの1枚目は、オリジナルアルバムの中で最も勢いがあると言われています。
全部ほんとに名曲ですよね!何年たっても聴いてます。

このアルバムに収録されている曲の半分以上が、後に発売されるベストアルバムに収録されているほどです。 ちなみに今作では「人にやさしく」は収録されていません。

<収録曲>
1. 未来は僕等の手の中
2. 終らない歌
3. ノー・ノー・ノー
4. パンク・ロック
5. 街
6. 少年の詩
7. 爆弾が落っこちる時
8. 世界のまん中
9. 裸の王様
10. ダンス・ナンバー
11. 君のため
12. リンダリンダ

梶原徹也

梶原徹也 (かじわら てつや) は ドラム担当です。

blue.jpg

愛称は「梶君」。
元々はブルーハーツのファンで、ライブのモギリなどをやっていました!が、ドラム脱退を知ってヒロトの自宅にしつこく電話。そしてオーディションを受けさせてもらい、86年4月に正式メンバーとなる…というすごいエピソードの持ち主です。

モヒカンヘアーが特徴でしたが、後期には長髪にして結んでいました。

河口純之助

kawaguti.jpg

河口純之助 - ベース、コーラス

日本のミュージシャンであり音楽プロデューサーでもあります!

元々はTHE BLUE HEARTSのマネージャーをやる予定だったのですが、初代ベーシストのマサミさんが脱退!・・・・・助っ人でベースをやるのですが、その後正式にバンドに加入しました!ありがとう~!

メジャーデビュー前のライブパンフレット、デビュー直後のファンクラブ会報等には本名の「宏之」と記載されていましたが、その後の全てのメディアでは「純之助」と記載されています。
私は、本名も好きですけれどね(*^^*)