ロックンロールの名付け親 10
古くから黒人の社会内で育まれてきたブルースを最新のエレクトリック技術でアンプリファイズした音楽とは、リズム&ブルース。
けれども、それはほとんど黒人のコミュニティの中だけで流通するのみにとどまっていました。
アラン・フリードがレコード店で見かけた白人の若者たちは確かにこうしたR&Bに耳を傾けていましたが、それもまだまだ一部。
ビートをもう一度音楽シーンの最前線に取り戻し、欲求不満を覚える若者たちを巻き込むためには、黒人社会の中でとどまっていた素晴らしい鉱脈を、全米に向けて掘り起こす存在が必要でした。
その役割を、意識的にか、あるいは無意識のうちにか、買って出たのがアラン・フリード。
もちろん、フリードがR&Bをラジオでオンエアした最初のDJというわけじゃないです。
フリード以前にもR&BをかけるDJはたくさんいました。
シュリーヴポートのプロフェッサー・パップ、アトランタのジョッキー・ジャック・ギブソン、バーミンガムのシュガー・ダディなどなど。
彼らはすでにR&Bをオンエアする番組を各地で担当していました。
が、彼らはすべて黒人DJ。聴衆も黒人。
プリードは白人のDJとして白人のリスナーに向けてR&Bをかけまくった最初の男なんです。
ここに大きな功績があります。