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2010年06月 アーカイブ

ロックンロールの名付け親 6

ある日、その番組のスポンサーである地元一の大レコード店を訪れたフリードは、白人のティーンエイジャーたちが黒人のリズム&ブルース(R&B)のレコードを買っている光景を目撃します。

それをキッカケに自分の番組でより多くのR&Bをかける決心をし、1952年、番組タイトルを『ザ・ムーンドッグ・ロックンロール・ハウス・パーティ』と変更。

"リズム&ブルース"とうたわずに、わざわざ"ロックンロール"という新語を考案したのは、なんと、フリードの迷いが原因だったといいます。

自分の番組で黒人のレコードをかけることが果たして白人マーケットから好意的に受けとめてもらえるかどうか、フリードも最初のうちは自信が持てなかったようです。

そこで、当時アメリカ中のラジオ局からはじけだそうとしていた新しい音楽を、とりあえず「ロックンロール」と呼ぶことにしました。

が、やがて、その迷いも取り越し苦労だったことがわかります。

若い白人リスナーからの反応も良好。

ブリードの迷いから誕生した「ロックンロール」という言葉が、このときから一人歩きを始めます。

ロックンロールの名付け親 7

少々話は前後しますが・・

マーチの王様として知られるスーザが残した言葉に、「人々が頭ではなく足を通して聞く限り、ジャズは生き残っていく」というような主旨のものがあるそうです。

そう、ロックンロール以前の音楽シーンの中心をになっていたジャズにしても、もともとは身体で楽しむための音楽、ダンスこミュージックでした。

ニューオリンズ周辺で爆発したホンキー・トンクにせよ、フォー・ビートを基調にしたビッグ・バンド・スウィングにせよ。

だからこそ、広く人々に愛されていきました。

けれども、1945年、第二次大戦が終わるころから、ジャズは徐々に複雑なものへと変わっていきます。

バド・パウエル、チャーリー・パーカー、デイジー・ガレスピーといった意識的なジャズ・ミュージシャンたちが革新的な方法論を提示したのをキッカケに、ジャズには複雑なハーモニーや、難解なパッセージが必要不可欠なものになり始めました。

ビー・パップ、あるいはクール。

ジャズにそうした方法論が取り込まれたときから、踊るための音楽から、耳で、頭で聞くための音楽へとジャズは変質します。

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